作家・翻訳家として児童文学も手がけた   原 抱一庵 (はら ほういつあん )   (1866.11.14~1904.8.23)   

  明治の一時代、作家・翻訳家として盛名を馳せた原抱一庵は、二本松藩士柏木喜嘉三  の十三男として郡山に生まれた(本名 餘三郎)。   2歳のとき、福島町役場職員の原太市の養子となり、裕福で自由闊達な少年時代を過  ごす。太市は、袋蜘と号し、百人ほどの弟子を持つ俳人でもあった。   17歳の時、河野広中等が起こした自由民権運動の機関誌『福島自由新聞』を発行す  る鳴岡社が自宅向にあった関係で、時々短文を載せていた。そのため明治15年11月の福  島事件に巻き込まれ逮捕されるが、未成年者として釈放されている。  その後、上海の亜細亜学館(後の東亜同文書院)に留学するが帰郷し、札幌農学校(現  北海道大学)に入り、クラーク博士の教えを受けた教師達より、聖書・シェイクスピア・  バイロン等西欧文学を学ぶ。翻訳文学に傾倒し熱中するあまり、他の教科に興味を失い  退学する。   明治23年、尊敬する文学者森田思軒の下に寄稿したのを縁に、思軒が勤める『郵便  報知新聞』の文芸記者となり、饗庭篁村、宮崎三昧等と出会い文学活動が始まる。内田  魯庵は『紫煙の人々』*1の中に、「見るからに神経質な瘠型の青年で才気は眉宇に溢れ  ていたが、対応態度は田舎々々していた」と印象を書いている。   明治24年、少年時に体験した福島事件を元に河野広中がモデルと言われる政治的伝  奇小説「闇中政治家」*2を思軒流の漢文調で『郵便報知新聞』に連載*3し、読者の人気  を集め作家と呼ばれるようになる。また、新聞の付録として発行した『報知叢話』や雑  誌『都の花』『新小説』に「幽棲」「青春夢」「月珠(後編)」「白衣婦人」等の創作  及び翻訳小説を次々と発表していく。   明治25年、経営上の理由から思軒と共に報知社を退社し、『仙台自由新聞』主筆と  して仙台に赴く。明治26年、養父の遠縁に当たるカメジと結婚するが、養父が亡くな  る明治33年まで、妻子は福島の親元に預けたまま、東京との間を往復しながら文筆活  動をしている。   その後、東京新報・東京日々新聞・萬朝報・朝日新聞と各新聞社に席を置きながら、  福島県出身の高橋太華が起こした少年雑誌『少年園』に、ユーゴーの「レ・ミゼラブル」  の一部を「ABC組合」*4の題で翻訳する。他にもアミチスの「クオレ」を『十二健児』  『三千里』などに訳している。創作としては博文館刊の叢書「少年文学」に『大石良雄』  が取りあげられ、また、明治25年暮れには青木嵩山堂から『新年』を出版し、当時の  少年達にも、和漢洋学を兼ね備えた作家として、巖谷小波・尾崎紅葉・幸田露伴等と同  様に名を知られるようになった。   抱一庵は自他共に認める森田思軒の後継者として、大衆性の高い西欧文学を漢文調の  美文で表現し、当時の読者にハイカラな新風を感じさせて人気作家となった。最も名を  高めたのは『闇中政治家』であり、リットン原作のユージン・アラムを『聖人か盗賊か』  と訳した小説のため大衆作家・翻訳文学者といわれた。一方『東京新報』の「従吾所好」  と題した欄を担当し、日々文学作品に論評を加えており多くの評論文も残している。こ  れらの業績が大きかったため、児童文学者としての評価は隠れてしまったが、少年達にも、  『大石良雄』『新年』『三千里』の他「王子村舎雑話*5」「西泰詩人の幼児」*6等多数の  作品を書いた。   明治37年8月、生来の大酒に加え神経質な性格から精神に異常をきたし、根岸の精神  病院で39歳の生涯を閉じた。父袋蜘(太市)の眠る福島市信夫山の墓地に埋葬された。  現在では市内北町の自宅付近は国道となり、文学者原抱一庵が、福島ゆかりの人であった  ことを示すものは、この墓碑のみとなっている。 *1『紫煙の人々 魯庵随筆』内田魯庵:著 木村毅、斎藤昌三:編 書物展望社 1935 *2『闇中政治家』春陽堂 1891(聚芳十種 第五巻)として単行本発行。 *3 前篇は明治23(1890)年11月7日~12月9日 続篇は24年(1891)年3月3日~4月21日 *4『少年園』第145~156号(明治27.11.3~28.4.18)当館所蔵は復刻版(不二出版 1988)。 JZ05-シ2 *5『少年園』第126,129,143号(明治27.1.18,3.3,10.3)当館所蔵は*4に同じ。 *6『少年世界』第2巻15,17,18号(明治29.8~9)当館所蔵は復刻版(名著普及会 1990)。  JZ05-シ 【作品紹介】 ◆『大石良雄』博文館 1897    L913.8-H2-1 ◆『新年』青木嵩山堂 1892 ◆『伊国美談十二健児』アミチス:著 内外出版協会 1902 ◆『ABC組合』ユーゴー:著 内外出版協会1902 ◆『三千里』アミチス:著 金港堂 1902 ◇「新年」『明治文学全集 95』筑摩書房 1970 918.6-M8-95 ◇「一二健児(抄)」『少年小説大系 26』三一書房 1995  J913.68-シ-26 【参考文献】 ◆『近代文学研究叢書 7』昭和女子大学 1957 ◆『日本文壇史 5』伊藤整:著 大日本雄弁会講談社 1958 ◆『「仙台自由新聞」と原抱一庵』金沢規雄:著〔金沢規雄 1959〕 「文芸研究」第33集より複写 ◆『日本近代文学大事典』講談社 1977 ◆『書物展望 第6巻上』(復刻)隣川書店 1984 ◆『明治文学全集 26』筑摩書房 1981 ◆『内田魯庵全集 4』ゆまに書房 1985 ◆『近代作家追悼文集成 2』ゆまに書房 1987 ◆『埋もれた翻訳』秋山勇造:著 新読書社 1998 〈児童図書研究室:佐藤加与子〉