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№1 錦絵一覧 (福島県関係)

 錦絵 18タイトル(22枚)

 錦絵とは、江戸時代に庶民的な絵画として流行した浮世絵の一種で、多色刷り木版画のことをいいます。
絵師と彫師、摺師による総合美術で、多くの色を正確に摺り分け錦のように華やかで美しいことから錦絵と呼ばれました。
当館所蔵の「相馬妙見祭・野馬追之図」(安藤広重/画)、「磐梯山噴火之図」(土佐光/画)等、福島県関係錦絵22点です。

■目 次

  1. 府県名所図会               安藤広重/[出版者不明]
  2. 奥州相馬妙見祭              安藤広重/舘岡虎三
  3. 奥州相馬妙見祭(古典)          安藤広重/舘岡虎三
  4. 諸国六十八景               安藤広重/[出版者不明]
  5. 諸国名所百景               安藤広重/衆栄版
  6. 磐梯山噴火の図              福田熊次郎
  7. 福島県岩代国福島町信夫橋眞景ノ図      辻岡文助/伊藤彦七
  8. 飯坂全図                 円活/写 [出版者不明]
  9. 奥会津大合戦芦名盛隆敗走遂二降伏平定図  国輝/画 [出版者不明]
  10. 源頼朝公奥州泰衡征罰之図         [出版者不明]
  11. 明治九年 奥羽御巡幸の図         孟斉/画 辻岡文助
  12. 白虎隊英雄鑑               夏良/画 辻岡文助
  13. 相錦後日話                小国政/画 福田熊次郎
  14. 奥州会津図                貞秀/画 駿河屋半七
  15. 奥羽御巡幸於須賀川駅産馬選挙図      周廷/拝写 山本利兵衛
  16. 磐梯山噴火之図              土佐光/画 森本源三郎
  17. 会津道中細見記              山田雪朝/山本平吉
  18. 八幡太郎義家奥州軍立之図         芳盛/筆 糸屋庄兵衛

№2 栗子隧道十二景 「栗嶺奇観」

折本 1帖 31㎝ 彩色画12枚
菅原白竜画 明治14年

 山形県令三島通庸は、明治9年(1876年)から明治14年(1881年)にかけて、栗子隧道(米沢と福島を結ぶ幹線道路)を切り開きました。
 この画集は、出羽国時庭村(現・山形県長井市)出身の南画家菅原白竜が、明治14年(1881年)7月、完成間近の栗子隧道を歩き、その眺望に感動し、景色を12枚の彩色画として描いたものです。
 白竜はこの画集を3冊作り、1冊を開通式の際明治天皇に、もう1冊を自家版とし、最後の1冊は、隧道を案内した、伊達郡湯野村(現・福島市)の高橋百菜翁に贈りました。当館所蔵のこの画集は、高橋百菜翁に贈られたものです。巻末にこの旨の書き入れがあります。

■目 次

  1. 表紙
  2. 扉 栗嶺奇観/刈安洞門 在山形県 洞穴深 百八十尺 白龍山人寫/瀑之澤石橋 在山形県 白龍山人/瀧の澤石橋/在山形県 白龍山人/栗子隧道西面 在山形県 洞穴深 三千尺 白龍山人寫
  3. 栗子隧道東面 在山形県 白龍山人/ニ小屋隧道 在福島県 洞穴深 百五十八尺 深字下脱一千二字 白龍山人 /大桁洞門/在福島県 洞穴深 百〇八尺 白龍山人/新澤畳瀧 在福島県 白龍山人/高平隧道 在福島県 洞穴深 四百五十六尺 白龍山人
  4. 下山神石門 在福島県 白龍山人/廻望橋 在福島県側 石門東面也 白龍山人/關場籠巌 在福島県 白龍山人/奥書
  5. 背表紙

№3 延享二年丑二月 信達騒動訴状の写

17丁 31㎝ 写本
出版地不明 出版社不明 延享2年(1745年)
伊達信夫両郡惣百姓より福島御役所新家弥市衛門宛

 江戸時代になると検地が徹底され、領主や代官が代わるたびに年貢が増していきました。信達地方(現・福島市と伊達郡)の農民達は、度重なる凶作と重税、人馬扶助に困り果て、元禄年間(1688年~1745年)頃から、各地で団結し、窮状を訴える行動を起こしました。
 この訴状は、延享2年(1745年)、伊達郡、信夫郡の農民が、福島藩役所の新家弥市衛門に宛てたものの写しです。

■目 次

  1. 信達騒動訴状乃写(1~10P)
  2. 信達騒動訴状乃写(11~20P)
  3. 信達騒動訴状乃写(21~30P)
  4. 信達騒動訴状乃写(31~41P)

№4 福島県下諸景写真 会津方部土木事業の景

写真(15㎝×21㎝) 37枚
福島県 [明治10年代]

 明治15年(1882年)、県令として福島に赴任した三島通庸は、県会議長河野広中等の反対を押し切り、会津三方道路
(会津若松から山形・栃木・新潟三県に通ずる道路)の建設を決めました。翌年、三島通庸はそれらの土木事業の成果を記録として残すため、写真撮影を菊池新学に、風景画を洋画家高橋由一に委嘱しました。(「道路風景画帖」の項参照)
 これらの写真は、福島県が、会津方部土木事業としてまとめたもので、当時の大規模な土木工事の様子が収められています。

■目 次

  1. 第一号 南会津郡糸沢村字山王峠堀割ノ景/第二号 南会津郡田島村地字折橋ノ景/第三号 南会津郡豊成村地内字非道隧道ノ景/第四号 南会津郡五島村地内字中ヘツリ夫婦石ノ景/第五号 南会津郡弥五島村地内字若水石橋ノ景
  2. 第六号 北会津郡大川村地内大川橋場ノ景/第七号 北会津郡大川村地内字蟹坂隧道ノ景/第八号 北会津郡大川村地内字船子峠堀割ノ景/第九号 北会津郡上三寄村地内字闇川岩場ノ景/第十号 北会津郡面川村ヨリ若松ヲ見ル直線ノ景
  3. 第十一号 北会津郡若松町ノ内大町四ツ角ノ景/第十二号 北会津郡字東山新道岩場ノ景/第十三号 北会津郡東山ノ景/第十四号 北会津郡若松七日町ノ景
  4. 第十五号 河沼郡坂下駅市街ノ景/第十六号 河沼郡坂本村地内七折坂ヨリ沼尻峠ヲ望ムノ景/第十七号 河沼郡坂本村地内只見川端ノ景/第十八号 河沼郡藤村地内字沼尻峠堀割ノ景/第十九号 河沼郡束松村地内反場橋ノ景
  5. 第二十号 河沼郡野沢駅ノ景/第二十一号 河沼郡上野尻村橋場ノ景/第二十二号 河沼郡群岡村地内字ヲイテ峠堀割ノ景/第二十三号 河沼郡宝坂村地内鬼老頭川橋場ノ景/第二十四号 河沼郡宝坂村地内東蒲原郡鳥井村郡界堀割ノ景
  6. 第二十五号 東蒲原郡鳥井村地内字八ツ田堀割ノ景/第二十六号 東蒲原郡鳥井村地内字惣座峠堀割ノ景/第二十七号 東蒲原郡三郷村地内岩場ノ景/第二十八号 東蒲原郡三郷村地内字天満常浪川架橋場ノ景/第二十九号東蒲原郡津川町入口ノ景/第三十号 東蒲原郡津川町市街ノ景/第三十一号 東蒲原郡清川村字本尊岩隧道ノ景
  7. 第三十二号 耶麻郡塩川大橋ノ景/第三十三号 耶麻郡喜多方町大橋並郡衙新築ノ景/第三十四号 耶麻郡入田付村地内字桜石石橋ノ景/第三十五号 耶麻郡入田付村地内字泰次郎岩場ノ景/第三十六号 耶麻郡入田付村地内字沼ノ原ノ景/第三十七号 耶麻郡入田付村地内山形県界字大峠隧道ノ景

№5 磐梯山噴火写真

写真(35㎝×44㎝) 25枚
遠藤陸郎(仙台)撮影 明治21年

 明治21年(1888年)7月15日、磐梯山が爆発しました。仙台の写真師遠藤陸郎はいち早く駆けつけ、7月17日に噴火直後の様子を撮影しました。被害は、死者477名・負傷者70名・死傷牛馬60頭・埋没倒壊戸数166戸等の大惨事となりました。
 現在のように、交通手段が発達しておらず、報道写真や記録写真がまだ定着していなかった時代に、磐梯山噴火直後の惨状を伝え、記録として残した貴重な写真です。

■目 次

  1. 小磐梯山破裂口ノ正面図及ヒ水蒸気噴騰スル真景/磐梯山ノ中麓ヨリ破裂口ヲ望ムノ真景/磐梯山上ノ湯温泉場埋没セル真景/磐梯山中ノ湯温泉場ノ罹災及ヒ近傍ノ図/猪苗代町ヨリ磐梯山ヲ望ム図
  2. 見禰村ヨリ罹災岩石泥土ノ為ニ埋没シタル図/白木城小学校舎暴風ノ為ニ破潰ノ図/白木城ヨリ磐梯山ヲ望ム真景/渋谷村罹災ノ惨状実景/渋谷村暴風熱灰ノ為メニ家屋破潰人馬斃死惨状真景
  3. 長坂村ニテ死体捜索ノ図/長坂村死体調査ノ真景/北方ヨリ長坂村罹災全景ヲ見ル図/南方ヨリ長坂村ノ人民長瀬河畔ニ於テ岩石泥土ノ為ニ埋没シタル真影/川上温泉場埋没ノ真景
  4. 秋元原全村埋没シ及ヒ河塞カリテ湖沼ヲナスノ図/秋元原ヨリ磐梯山ヲ遠望スル景/秋元原外数部落埋没シテ山ヲナシ及凹所ニ溜水シテ湖沼ヲナセル図/大塩村長峯ヨリ小野川ノ水害罹災地ヲ望ム図/大塩村長峯ヨリ秋元原埋没岩石山ヲナスノ図
  5. 大塩村長峯ヨリ磐梯山破裂口ヲ望ムノ正面図及ヒ雄子沢等埋没ノ真景/〔説明文欠〕/耶麻郡山潟ヨリ磐梯山ヲ望ム/〔説明文欠〕/耶麻郡関都村ヨリ望ム