「小公子」の名訳で知られる   若松 賤子 (わかまつ しずこ)   (1864.3.1~1896.2.10)   

  明治の女流文学者、特に「小公子」の翻訳で有名な若松賤子は、会津藩士松川勝次郎  の長女として生まれた。父は隠密だったと言われ島田姓を名乗っている。生まれ年に因  み甲子(かし)と名付けられた。   4歳で戊辰戦争、松川家の没落、一家離散を体験する。6歳で母を失い、横浜の貿易  商山城屋の番頭大川甚兵衛の養女となる。7歳の時、横浜の自宅近くに開かれた婦人宣  教師キダーの塾に入学し、英語や讃美歌、聖書の教えを学んた。しかし、翌年山城屋が  倒産し、大川家も債務を負い財を失って東京へ転居した。   明治8年、キダー女史の塾がフェリスセミナリー(フェリス女学院)として寄宿舎を  備えて開校し、11歳の賤子は再びキダーの下で学びはじめる。寄宿舎から日曜毎に教  会に通い、教会新聞の編集を手伝い、英文の物語を読むのがとても楽しかったという。  13歳で洗礼を受ける。   明治15、年フェリス第1回目の、ただひとりの卒業生として英語で卒業演説を行っ  た。その後、母校の教師となり、社会的経済的に自立したことを自覚し、名前を「志を  讃える」という意味を込めて、甲子から嘉志子と改める。学内での賤子は、生理学・健  全学・家事経済・和文章英文訳解の4教科を担当する。また、明治17年4月、フェリ  スの増改築落成式においては、女子教育と女性の社会的地位向上の必要性を演説した。  これほどはっきりと女の権利の主張を聞くのは初めてだと来賓を驚かせた。   他にも、時習会という文学研究会を作り、生徒達に外国文学を紹介したり英詩を朗読  するなど、文学教育にも心を傾けた。この時習会については、「時習会の趣旨」として、  巌本善治が主宰していた『女学雑誌』第13号に無記名ではあるが寄稿している。同年、  同誌に初めて若松賤と署名し、紀行文「舊き都のつと」を発表する。若松は故郷への想  い、賤は神のしもべという意味で深い信仰心から、この筆名を用いた。明治18年に創  刊されたこの雑誌には、婦人問題を扱う総合誌として賤子も深く関心を持っていた。こ  の頃、肺結核のため吐血している。   明治22年、明治女学校の教頭でもあった巌本善治と結婚し退職する。しだいに賤子  は自分を表現する適切な言葉が欲しいと感じ、日常語に近い新しい文章を探し始める。  二葉亭四迷等が起こした言文一致体の会話を主として進め、「野菊」「お向ふの離れ」*1  「すみれ」*2「忘れ形見」*3などを発表し、女流文学者の名を高める。その文学観は  キリスト教精神と西洋の新しい倫理観に支えられたものだった。   明治23年8月から25年1月まで、バーネットの「Little Lord Funtleroy(リトル・  ロード・フォントルロイ)」を「小公子」として『女学雑誌』に翻訳連載する。わかり易  く澄み切った口語訳のこの小説は、広く読者を集めたばかりでなく、森田思軒、石橋忍月、  坪内逍遙等多くの文学者からも賞賛された。   明治26年には30編近い文章を発表し、27年からは『The Japan Evangelist(日本  伝導新報)』の婦人欄と児童欄を担当し、日本の行事や習慣をみごとな英文で外国人に紹  介している*4。しかし、激務が続き病いは進行した。死を予知した賤子は体力を振り絞り、  子供の自由と権利、幼児教育の重要性、女性解放、キリスト教の崇高性を作品を通して訴  えた。   明治29年2月、明治女学校が火事になり、体力の衰えていた賤子は5日後心臓麻痺の  ため亡くなる。墓石にはその遺言どおり「賤子」とのみ記されている。   明治30年、『小公子』は博文館から1冊本として発行され、昭和5年まで42版を重  ねている。岩波文庫としても、昭和2年から30年頃まで出版され続け、日本中の少年少  女の愛読書となり、日本児童文学史上に大きな功績を残した。賤子は、言文一致体を推進  した女流文学者・翻訳家として、また日本近代女性の開拓者であり教育者としても高く評  価されている。 *1『女学雑誌』第182号(明治22.10.5)当館所蔵は復刻版(臨川書店 1984)。 Z367-J5 *2『女学雑誌』第183~187号(明治22.10.19~22.11.16)当館所蔵は*1に同じ。 *3『女学雑誌』第194号(明治23.1.1)当館所蔵は*1に同じ。 *4 賤子の英文著作は『英文巌本嘉志子』(龍渓書舎 1982)として訳文とセットで刊行。   L910.2-W-11 【作品紹介】 ◆『小公子 前編』女学雑誌社 1891 ◆『いわひ歌』警醒社書店 1894 ◆『小公子』博文館 1897    LA933-W-2 ◆『忘れかたみ』博文館 1903 ◆『英和対訳セーラ・クルー物語』内外出版教会 1904 ◆『小公子』改造社 1929    LA933-W-4 ◇「小公子」『明治大正文学全集 10』春陽堂 1930  918.6-M-10 ◆『若松賤子集』冨山房 1938  LA933-W-3 ◆『小公子』岩波書店 1950     X933-B ◇「思い出」『日本児童文学大系 1』三一書房 1955          J918.6-ニ-1 ◇「いなッく、あーでん物語」『日本現代文学全集 10』講談社 1962  918.6-N11-10 ◆『近代文学館 名著複刻全集 17 小公子』日本近代文学館 1968 ◇「小公子(抄)」「おもひで」『作品による日本児童文学史 第1巻』牧書店 1968                 J909-サ-1 ◇「お向ふの離れ」『現代日本文学大系 5』筑摩書房 1972       918.6-G14-5 ◇「小公子」『明治文学全集 32』筑摩書房1973            918.6-M8-32 ◇「小公子」「黄金機会」「鼻で鱒を釣った話」『日本児童文学大系 2』ほるぷ出版 1980                                    J918.6-ニ-2 ◆『着物のなる木』教文館 1983 ◇「忘れ形見」『日本児童文学名作集 上』岩波書店 1994        J913.8-ニ-1 ◆『若松賤子創作童話全集』尾崎るみ:編 久山社 1995        LA913.8-W ◆『明治の女流文学 翻訳編 1』五月書房 2000            LA933-W-6 【参考文献】 ◆『明治初期の三女性』相馬黒光:著 厚生閣 1940  ◆『近代文学研究叢書 2』昭和女子大学 1956 ◆『明治女流作家論』塩田良平:著 寧楽書房 1965 ◆『若松賤子 不滅の生涯』若松賤子・刊行委員会:編 共栄社出版 1977 ◆『明治の横浜 英語・キリスト教文学』小玉晃一,小玉敏子:著 笠間書院 1979 ◆『とくと我を見たまえ』山口玲子:著 新潮社 1980 ◆『女学雑誌総目録』緑蔭書房 1983 ◆『フランス児童文学の研究』      石澤小枝子:著 久山社 1991 ◆『若松賤子 不滅の生涯 新装第2巻』巌本記念会:編 日報通信社 1995 ◆『知性豊かに教育を慈しむ若松賤子』吉田千代子:編著 福島県女性のあゆみ研究会 1999 ◇「若松賤子研究1-5」尾崎るみ 『論叢児童文化1-5』くさむら社 2000-01 〈児童図書研究室:佐藤加与子〉